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「ゲノム情報から探る脊椎動物の進化」

松波雅俊 (地球環境科学研究院)


生物の進化の歴史はゲノムに刻まれている。ゲノムに変異が生じ、それが集団に固定することによって異なる形質をもつ生物が進化してきた。一方で、表現型可塑性のようにゲノムは同一にも関わらず、環境に応じて異なる表現型を生じる現象も知られており、このような現象は進化を引き起こす原動力となる。演者は、このようなゲノム進化と表現型進化の関係に強い興味をもち、分子進化学やバイオインフォマティクス、最近では次世代シークエンサーによって得られる膨大なデータを活用して以下のような研究をおこなってきた。

(i) 脊椎動物におけるタンパク質非コード領域の進化

 

近年、ゲノム解読技術の進歩から脊椎・無脊椎動物ゲノムが解読され、脊椎動物進化の早い段階で、2回の全ゲノム重複が起きたことが証明された。しかし、この2回の全ゲノム重複が脊椎動物の新奇形質獲得に具体的にどのような影響をもたらしたかについては未だ明らかではない。従来、遺伝子の実体はタンパク質をコードするDNAであるとされ、生物の進化に際しても遺伝子のタンパク質コード領域に注目した研究が多くなされてきた。しかし、遺伝子のタンパク質コード領域だけではなく、制御領域の進化も生物の進化に大きな役割を果たしていることが徐々に明らかになりつつある。通常、重複後、制御領域は余剰な機能をもつので、配列の保存性は失われてしまう。ところが、ゲノム重複後は余剰であるにもかかわらず、配列の保存性を有する領域が存在する。なかでも重複後の非コード保存領域(conserved non-coding sequence: CNS)は、発現制御との関連が推察される。このような重複した保存領域の機能と重複の意義を理解するため、演者はゲノム比較手法を用い、重複CNSを同定し、その新奇形質獲得における役割を推定した。まず、生物の初期発生に重要であるHoxクラスター内の重複CNSを同定し、それらがクラスター内の遺伝子発現に寄与していることを明らかにした (Matsunami et al. 2010. J. Mol. Evol.)。さらにゲノムワイドで比較することで脊椎動物間で共有されている重複CNSを同定し、それらが脊椎動物で独自に進化した器官である脳における重複遺伝子間の遺伝子発現を共通に制御している可能性を示した (Matsunami & Saitou. 2013. Genome Biol. Evol.)。

(ii) エゾサンショウウオの表現型可塑性についてのトランスクリプトーム解析

 

同一のゲノム情報をもつにも関わらず、環境の変化に応じて形質が変化する現象は表現型可塑性と呼ばれ、個体群の動態に大きな影響を及ぼす。北海道に生息するエゾサンショウウオ(Hynobius retardatus)の幼生は、環境に応じてさまざまな表現型可塑性を示す。被食者であるオタマジャクシ存在下では頭部が巨大化し、捕食者であるヤゴの存在下では外鰓・尾高が発達する。本研究では、この表現型可塑性の分子機構を解明するために、トランスクリプトーム解析をおこなった。道内でサンプリングした卵を捕食者存在下・被食者存在下・それぞれのコントロールの4つの条件で飼育し、形態変化を誘導した。誘導開始から0時間後・12時間後・7日後の個体の脳・頭部・鰓・尾からRNAを抽出し、解読した。解読結果をアセンブルすることで、遺伝子の配列を復元した。このなかから各処理・コントロール間で有意に発現量が変化している遺伝子を同定するために、それぞれの処理での遺伝子の発現量を推定し、GLM法による組織ごとの多重比較と各処理とコントロール間で二群間比較をおこない、発現変動遺伝子を同定した。それらにはコラーゲンやケラチンなどの形態形成に関与する遺伝子が含まれていた。また、ホルモン関連遺伝子の比較から、攻撃型ではプロラクチン、防御型では副腎皮質刺激ホルモンの前駆体であるPOMCの発現の上昇が観察された。

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