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「樹木繁殖戦略の進化ゲーム:マスティング進化理論」

立木佑弥(環境科学院)


樹木をはじめとした多くの多年生植物では、その種子生産動態に著しい年変動がありマスティング(豊凶)と呼ばれる。これは、ブナやミズナラをはじめとした樹種で顕著であり、また、広域でその繁殖動態が同調する事も知られている。

この現象の生理的メカニズムとして貯蔵養分の蓄積と繁殖投資の観点から説明する資源収支モデルが提案されており(Isagi et al 1997 JTB)、花粉交換を介した個体間の結合により、同調性が説明されている(Satake & Iwasa 2000 JTB)。

本講演では、マスティングの進化的意義を資源収支モデルを解析することで説明する数理モデル研究を紹介したい。進化的意義は適応度を指標として測定される事が一般的であり、適応度は非常に単純な仮定のもとでは、子供の数と生存率の積で表される。特に繁殖戦略についての解析では、生存率が繁殖戦略に影響を受けず、一定であると仮定し、種子数に代表される子供の数や種子に対する遺伝的貢献度(父親としての貢献度と母親としての貢献度)によって適応性の指標とすることが多い。しかしながらマスティングの進化は、これが適用できない代表的な例である。

その理由は豊凶が時間的な変動性で定義されていること、また森林性樹木は閉鎖林での特殊な世代交代様式(ギャップ更新)に起因する。ギャップ更新とは、一本から数本の樹木が倒木する事によって形成された空間(ギャップ)において、林床の光環境が改善され幼樹の成長が良くなり世代交代が起こることである。このような更新動態下では、たとえある年に大量に種子を生産したとしても、最終的に成熟する種子の数は、高々ギャップ形成によって形成された種子と同じ数になってしまい、いつギャップが形成されるかが完全に確率的に決まる場合には、繁殖の年変動を小さくしてできる限り毎年コンスタントに繁殖する事が進化的に有利になるためである(Tachiki & Iwasa 2010. J Ecol)。

本講演では、このギャップ形成からの成熟過程に注目し、更新過程において、芽生え(実生)の生存率が豊凶進化に重要な影響を与える事を示す。耐陰性が高く暗い閉鎖林冠下において生存率が高い樹種では、マスティング進化条件が緩和され、マスティングが進化しうるが、そうでない樹種ではマスティングは進化しえない事を示す。また、種子捕食者の個体群を変動させ、種子被食割合を低減する回避戦略としてマスティングが進化すると主張する、捕食者飽食仮説(Janzen 1971 Ann Rev) はマスティングの進化条件を緩和するが、豊凶進化の十分条件ではないことを示す。時間があれば、種子捕食者のリスク回避戦略とマスティングの共進化動態の解析についても議論する。

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