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「社会適応の創発メカニズムのシステム的理解」

青沼 仁志(北海道大学・電子科学研究所)


私たちを取り巻く環境は刻一刻と変化し,その中で状況に応じて行動している.環境は,行動発現ひとつの拘束条件で,行動の決定や発現の制御メカニズムにおいて重要な要因である.知覚される環境は,行動主体の状況に応じて異なる意味をもち,普遍的な環境である時間や空間ですら,行動する主体や状況に応じて異なって知覚される.何が“知覚”を変え、行動を変えるのか,その基盤には何があるのか?環境知覚と行動の関連を解明するためには,行動主体にとっての環境の意味をまず理解する必要がある.

 他者がいる環境,すなわち社会環境も行動決定に重要な要因のひとつである.社会的な適応行動が実時間で実現される仕組みについて,闘争行動の発現メカニズムを例にシステム的に理解を試みている.闘争は,ほとんどの動物で普遍的に見られる行動で,餌・縄張り・交尾相手などを争い,時に激しい攻撃を伴う.闘争はどちらか一方が引き下がると終結し,同種間の闘争では優劣の関係が構築される.一方,異種に対する攻撃も,行動主体の状況に応じて異なって表出する.コオロギの闘争行動は闘蟋として知られ,生物学的にも多くの研究が進んでいる.また,社会性昆虫のアリは,種内闘争や種間闘争,あるいは採餌時における攻撃など実験的に容易に再現でき,攻撃行動の発現メカニズムの研究には適した対象である.EZOゼミでは,クロコオロギやクロヤマアリの闘争行動について紹介する.

クロコオロギは,他個体に出遭うと威嚇し激しい攻撃を始めるが闘争に敗れると長時間にわたり他者を忌避するようになる.薬理行動学の実験や生化学分析をもとに,この行動には脳内神経修飾物質である一酸化窒素や生体アミン類のオクトパミンが機能的に働くことが重要であることが分かった.生体アミンは,複雑な行動の発現や修飾にかかわる脳内化学物質で,我々ヒトを含めた脊椎動物の神経系でも主要な役割を担っている.

 クロヤマアリは,コロニーの要求に応じて可塑的に役割分担を変える.役割に応じた異種昆虫に対する攻撃性は社会的な隔離によって変化する.攻撃性の変化を創り出す脳内機構を理解するため,脳内アミンの変化を測定すると,攻撃性のやはりオクトパミンが重要な働きをすることが分かった.また,脳内アミンの恒常性は個体間の相互作用を通して保たれていることが示唆された.

 動物実験で得られたこれらの知見をもとに,個体が社会環境の変化に応じて攻撃性を変容させる神経生理機構の動的システムモデルを構築し,シミュレーション実験でその妥当性を検証した.その結果,社会適応知を創り出すメカニズムとして,個体間相互作用と脳神経系に内在する多重フィードバック構造の重要性が明らかになった.

 

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