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「フィールド生態学:空知川のオショロコマに進化の爪痕を探す」
小泉逸郎(創成研究機構)
生態学は、謎に包まれた野生生物の生き方を調べる魅力的な学問である。また、人間活動による環境破壊の懸念もあり、応用科学としての役割も期待されている。このような背景をうけて、日本では生態学の人気が高まっている。例えば、日本生態学会の会員数も右肩上がりで、現在では水産学会、林学会を上回る大きな学会となっている(2013年:会員数4,300名)。日本の生態学研究のレベルも格段に高くなっており、特に若手研究者で世界の第一線で活躍している人達が増えてきた。ただし、このようなトップクラスの研究の多くが、理論、実験など比較的短期間で成果が得られる研究であり、生態学の醍醐味である長期データに基づくフィールド研究に関しては、海外と比べて大きく遅れをとっている。
演者は、野外生態学におけるモデルシステム(メタ個体群生態学)の構築を目指し、北海道空知川のオショロコマを15年にわたり研究してきた。本講演では、これまでに一番、情熱と体力、精神力を注ぎ込んだ(多分、知力も)ポスドク時代の研究を紹介する。研究テーマは、進化の原動力となる3つの力、自然選択、ジーンフロー、ドリフトの相対的影響を野外で評価するものである(詳細は以下)。本講演では、研究内容に加え『今しかできない研究を思う存分やって欲しい』と若い学生達に伝えたい。また、個人レベルの研究で見えてきた限界、および今後目指している研究室の方向性についても話したい。
研究内容の概要
現在、進化に関する研究は、種間比較から同一種内の個体群間比較へとシフトしている。進化が起こるメカニズムを調べるためにはその初期の段階、つまり地域個体群間の分化を調べる必要があるからである。現在では、同一種内でも各個体群が異なる生活史形質をとることは周知の事実であり、自然選択による局所適応や種分化の可能性についても多くの種で実証されてきている。
しかしその一方で、60種2,500以上の生活史形質を調べたメタ解析によれば、野外個体群における自然選択は非常に弱いという想像に反する結果も示されている。これは、適応分化の視点だけでは野外個体群の現実を説明しきれないことを明示している。野外個体群において選択圧が弱い、あるいは生活史形質が最適値をとっていない理由として、他個体群からのジーンフロー(個体の移住)が局所適応を抑制している、という仮説が注目されている。つまりひとつの個体群を調べるだけでは不十分であり、複数の個体群を扱うメタ個体群的視点が必要になる。
また、これらの先駆的な研究においても考慮されていないのが、偶然の揺らぎによる個体群間の分化、ドリフト(遺伝的浮動)の影響である。小さな個体群ではドリフトの影響によって非適応的な分化を遂げている可能性が十分に考えられる。したがって、個体群間の分化、進化プロセスを理解するには、自然選択とジーンフロー、そしてドリフトの影響を包括的に考える必要がある。
本研究では、河川性サケ科魚類を対象に、集中的な野外調査、共通環境下飼育実験、DNA解析によりこの難題に取り組んだ。わずか数キロしか離れていない河川においても強い自然選択により局所適応が起きていることが明らかとなった。一方で、大部分の河川では最適な形質値を取っていないことが示唆された。これらはジーンフローやドリフトの影響だと考えられる。まだ明確な結論は得られていないが、本調査対象における自然選択、ジーンフロー、ドリフトの役割について議論する。
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