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「地球の光の色と生物 -植物が好きな光,嫌いな光―」
久米篤 (九州大学 北海道演習林)
植物がどのように「感じて」「考えて」いるかを人間が直接理解することは難しいことです.端的に表現すれば,人は環境からの外部刺激を知覚し,情報を再構成することで認知し反応しますが,植物や多くの動物は環境を知覚することなく反応しています.外部環境変化に対する植物の反応を予測するためには,植物が感じている野外環境を生態研究者が把握していること,すなわち,植物が利用出来るであろう野外情報の把握という観点が必要ですが,環境については(人の世界観による)思い込みで解釈しがちです.このような思い込みを減らすには,生物環境物理学の素過程についての基本知識が非常に有用です.
たとえば,光は,「波でもあり粒子でもある」光量子であると考えると,その物理的な性質をよく説明できることを,アインシュタインが明らかにしました.生物と光の関係を考えるには,光のこの2つの性質を通して考えると格段に理解しやすくなります.
森の中に入って木陰を眺めたとして,植物が注目している情報の多くは,人は見たり感じたりすることができません.植物が持つ受光色素と同じ特性を持った光センサを持って森林内を歩いてみると,随分違った世界が「見える」ことでしょう.植物の光受容体は,基本的に特定波長の光量子を吸収して量子的に「感じて」,その結果を直接的に遺伝子発現に利用できるため,特定の光刺激に対する検出感度は非常に高くなる可能性があります.ある特定波長同士の比率も重要な情報となるため,植物の光環境を評価するためには,単なる明るさ(エネルギー量)だけでなく,近赤外域まで含めた環境中のハイパースペクトル情報が重要となるでしょう.
一方,植物がどの光量子信号を受容したかどうかを外部から直接的に判断することは困難であることが多く,単純な光量子センサとしては扱いにくそうです.時間制御の観点からは、受容された環境情報はデジタル信号として細胞内に生理的に積算して変換されて利用されることが多いため、アナログ的に発現しているように見えることでしょう.これは検知と記録が融合したシステム,たとえば砂時計とか充電池付きのソーラーパネルなどと似ているように思われます.このような植物のハード-ソフトコンプレックスを理解して応用する上で,遺伝子発現データは非常に重要なツールになっています.
生物環境物理的な地球環境に対する生物の適応は,ある意味,絶対的な位置関係,土台に対する最適化と考えることができます.外部環境の変化と生物内の反応の対応関係を精密に比較していことで,地球上の生物に対する理解が深まるのではないかと考えています.今回のセミナーでは,アイディアスケッチ的ないくつかの題材を提示させていただき,皆さまと議論できればと希望しています. ・参考図書 Campbell Norman 生物環境物理学の基礎 第2版 森北出版
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