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「ヤドカリのオスはどのような情報に基づいて配偶者を選ぶのか」

和田 哲(北大水産科学研究院)


ホンヤドカリ属のオスは、配偶者をめぐる闘争と配偶者選択の両方をおこなう。本講演では、おもに本属3種のオスによる配偶者選択実験の結果を紹介する。さらに、本属のオスが配偶者選択の際に社会情報を利用している可能性について、演者らの最近の実験データを紹介しながら議論する。


オスによる配偶者選択

従来は、実効性比(ある時間に交尾可能なオスの個体数とメスの個体数の比率)がオスに偏っている種では、オスが配偶者をめぐって競争して、メスが配偶者選択すると考えられていた。このような種では、オスにとってメスは稀少な資源であるため、また精子の生産にコストがほとんどかからないため、オスは無差別に交尾しようとすると考えられていたからである。しかし、個体間の遭遇機会が多く、メスの質に変異があり、オスの配偶行動にコストがかかる場合には、オス間競争がみられる種でもオスによる配偶者選択が進化しうる(reviewed in Edward & Chapman 2011 TREE)。また、オスが配偶者をめぐる競争と配偶者選択の両方をおこなう場合には、オスの優劣関係が配偶者選択様式に影響を与える。例えば、劣位オスは配偶機会を得るために、優位オスが好むメスとは異なるメスを選ぶ場合がある。近年、このようなオスによる配偶者選択の研究が増加しているが、オスが交尾前ガード行動を示す甲殻類では、ガード開始の意思決定の研究として、古くからオスの配偶者選択の研究がおこなわれている (Grafen & Ridley 1983 J Theor Biol)。


独自情報と社会情報

動物は環境から得た情報に基づいて自分の行動を決めることが多い。このときの情報は、独自情報 (personal information) と社会情報 (social information) に大別できる。前者は、動物が自力で環境条件を評価して得た情報であり、後者は、動物が他個体の振る舞いに基づいて推定した環境条件の情報である (reviewed in Morand-Ferron 2010 Encyclopedia of Animal Behavior)。例えば、おいしい定食屋さんを見つけるには、一軒一軒をまわって自分で定食を食べて独自情報を集めることもできるが、社会情報を利用して、行列のできている定食屋さんで食べてみるほうが、おいしい定食屋さんを早く見つけられるかもしれない。無脊椎動物における社会情報の利用は、ミツバチダンスに代表されるように、社会性昆虫では古くから知られていたが、その他の種ではほとんど研究されていなかった。しかし近年では、ヤドカリを含む他の無脊椎動物でも実証例が増えてきている (e.g. Laidre 2010 Proc R Soc B)。


演者らの研究

函館湾の海岸には、ホンヤドカリ属6種がほぼ同所的に生息している。彼らは透明なプラスチックコップの中でも配偶行動を継続する性質をもっているため、配偶行動の実験研究に適している。演者らはおもに本属3種を対象に研究を続けている。

 ホンヤドカリ属のオスは、交尾・産卵間近なメスを見つけると、その貝殻をつかんで持ち歩く交尾前ガード行動を示す。どの程度産卵間近であればガードするかは、オスの置かれた状況に応じて異なる (Wada et al. 1999 J Exp Mar Biol Ecol)。また、オスは一度に1個体のメスしかガードできないので、複数の配偶者候補と出会ったときは1個体を選ぶことになる。交尾前ガード中に他のオスと出会うと、メスをめぐるオス間闘争が起こる。つまり本属のオスは、配偶者をめぐる闘争と配偶者選択の両方をおこなう。

 テナガホンヤドカリの大型オスが、2個体のメスと同時に出会うと、体サイズが大きいメスを選ぶが、小型オスは、体サイズが大きく産卵までの日数が少ない(成熟度の高い)メスを選ぶ (Wada et al. 2011 Behav Ecol)。小型オスはオス間闘争で不利なので (Yasuda et al. 2012 Anim Behav)、小型オスは闘争機会を避けるために成熟度を基準とした配偶者選択をしていると考えられる。
 いっぽう、ホンヤドカリのオスでは、2個体のメスのどちらも選ばないケースやオス間闘争で奪ったメスをすぐに放棄するケースが観察された。これらのオスは野外で(実験に用いたメスよりも)大型メスや成熟度の高いメスをガードしていた傾向があり、実験直前に人為的にこれらのメスと引き離されたオスであった。これは人間に喩えれば「神隠し」にあったようなものであるために、ホンヤドカリのオスはこれらのメスの探索を優先したのかもしれない。オス間闘争で敗北したりメスとの交尾が終わった結果としてメスと「自然に」別れたオスは、その後の配偶者選択実験でどちらかのメスを選んだが、配偶者選択の基準は不明瞭だった。

 ヨモギホンヤドカリのオスが、2個体のメスと同時に出会うと、交尾直前脱皮までの日数が少ない (成熟度の高い) メスを選び、ペアのオスは、自分がガードしているメスの成熟度が高いときほど、他のオスとの闘争における勝率が上がる (Suzuki et al. 2012 Mar Biol)。この勝率の変化は、メスを奪おうと試みたオスが、じつはメスの成熟度を適切に評価できていないことを示唆している。ホンヤドカリでは、オスが「ニセのペア (オスの鋏に接着剤で貝殻を付着させた外見だけのペア)」に攻撃を仕掛けることが知られている (Okamura & Goshima 2010)。ペアと出会ったオスは、他のオスがガードしているという行動を社会情報として利用して、ペアのメスを奪おうとするのかもしれない。

 演者らは、メスとの遭遇頻度がオスにとって独自情報なのか社会情報なのかを検証した実験をテナガホンヤドカリでおこない、ヨモギホンヤドカリではメスが他のオスにガードされているという社会情報がオスの配偶者選択に及ぼす影響を検証する実験をおこなった。本講演では、上述した論文の紹介に加えて、これらの実験結果も発表したい。

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