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「西部北極海におけるプランクトン群集の時空間変動に関する研究」

松野孝平(国立極地研究所)


 近年、北極海では夏季に海氷の大規模な衰退が観測されている。この海氷衰退は温暖な太平洋水が流入する太平洋側北極海 (西部北極海) において顕著で、海洋生態系に及ぼす影響が危惧されている。プランクトン群集は今後の北極海生態系に起こりうる変化を予測する上で重要な生物であるが、その知見は特定の季節や海域に限られており乏しい。
 演者は、これまでに北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸やJAMSTEC海洋地球研究船みらいに乗船し、北極海においてプランクトンネット採集を行い、得られたホルマリン試料を用いて動・植物プランクトンの群集構造を解析してきた。それらの結果に基づいて、北極海における近年の急速な海氷衰退に伴う海洋環境の変化が、プランクトン群集に与える影響について紹介する。

1. マイクロプランクトンの水平分布
 海洋生態系の一次生産を担う珪藻類を始めとするマイクロプランクトン群集の水平分布を解析した。マイクロプランクトン群集は、大きく2つに区別され、ひとつは海盆域に分布し、細胞密度が低く、繊毛虫類の占有率が高い群集であった。もう一方は、陸棚域に見られ、細胞密度が高く、珪藻類が卓越するグループであった。前者はマイクロバイアルループが活発に駆動し、後者は高栄養塩な太平洋水の流入によって高い一次生産量を持つ群集と考えられた。

2. メソ動物プランクトンの水平分布
 魚類や鯨類の餌として重要な動物プランクトンの水平分布を解析した。動物プランクトンは4つの群集に分けられ、各群集の水平分布は水深とよく対応しており、それぞれ陸棚域、陸棚斜面域、斜面域および海盆域群集と呼称した。各群集の特徴種は、陸棚域では沿岸性カイアシ類のPseudocalanus属とベントス幼生で、陸棚斜面域では北極海産カイアシ類のCalanus glacialisとMetridia longaの若い発育段階が多く、個体数も多かった。斜面域と海盆域では深海性種が多かった。

3. メソ動物プランクトンの経年変動
 おしょろ丸によって採集された1991/92年と2007/08年の試料を用いて、動物プランクトン群集の経年変動を解析した。2007/08年は各群集の水平分布が1991/92年と比較して北にシフトしており、特に2007年はベーリング海峡近くに、太平洋産種の群集が見られた。その群集はバイオマスが高かったことから、海氷面積の減少が動物プランクトン現存量や生産量という観点では正の効果があることを示唆している。しかし同時に、北極海固有の生物群集を北方に駆逐するという負の効果を示唆している。

4. メソ動物プランクトンの季節変動
 セジメントトラップによって周年にわたり採集された動物プランクトン試料を解析した。 動物プランクトン群集は、3つ (A - C) に分けられ、各群集の出現には明確な季節性があった。7月から10月はグループA、11月から1月はグループB、3月から6月はグループCが見られ、結氷下でも群集が変化することが明らかとなった。

 最後に、私が参加しているグリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス北極気候変動研究事業内の「北極海環境変動研究:海氷減少と海洋生態系の変化」および科研費基盤 (S)「北極海の海氷激減 - 海洋生態系へのインパクト - について簡単に紹介し、その上で私が現在取り組んでいる研究にも触れる予定である。

 

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