「野生動物の人馴れを科学する:都市のリスとアメリカのマーモットをモデルに」
内田 健太(カリフォルニア大学)
Abstract
本来人間は、様々な生物を消費するスーパープレデターである。そのため、クマなどの大型の捕食者ですら人間を避けて行動する。その一方で、近くに人間がいても大胆に振舞う野生動物も少なくない。例えば、近所の公園では、人間が近づいても逃げないスズメや、むしろエサをねだって近づいてくるハトの姿を目にする。この様な、人間を怖がらなくなる現象は「人馴れ」と呼ばれ、人間と野生動物が共存する上で重要な生態学的プロセスの一つだとされている。実際、自然観光地では餌付けをして、積極的に人馴れを促す現場もある。また、近年、野生動物の都市進出や害獣化の問題にこの人馴れが深く関わっているとされ、社会的にも注目されるようになってきた。しかしながら、生態学における人間そのものに対する生物応答に主眼を置いた研究の歴史は浅く、人馴れが起きるプロセスやその生態学的な帰結については実はあまりよく分かっていない。例えば、人馴れは捕食者への警戒や採餌といった行動とどのように関連するのだろうか?また、人馴れが個体の適応度を高めるのかといった、長期的な視点での研究は行われていない。そのため、人馴れを科学的に議論して、保全や管理での現場に活かそうとする取り組みは非常に少ない。これに対して私は、人馴れの生じるメカニズムや、それが野生動物・人間社会の双方にもたらす影響に興味を持ち研究をしてきた。
本発表では、まず都市のエゾリスをモデルにした研究についてお話する。具体的には、都市と郊外におけるリスの人間への逃避距離の違いや、人間と捕食者に対する行動の違い、個性形質との関連性に着目した研究を紹介する。次に、北米のロッキーマウンテンに生息するキバラマーモットをモデルに、アウトドアによる人馴れがもたらす長期的な影響に着目した研究を紹介する。長期的な人馴れが引き起こすと予測されるシナリオを提示し、実際のデータから、人馴れが必ずしも適応度を高めるわけでは無いことを示した研究についてお話する。それらをもとに、皆さんと幅広く議論をさせて頂きたい。なお、発表では、都市での泥臭いフィールドワークの苦労話、コロナ禍における海外での研究生活・フィールドワークに関する小話も混ぜながらお話をしたい。