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「対象の次元に基づいた細胞内ナノ構造制御法の開発と展望」

​延山 知弘(筑波大学 数理物質科学研究科)

Abstract

 細胞は脂質二重膜で囲まれた構造であり、細胞の応答は細胞膜を通した情報や物質のやり取りにより行われる。この過程には細胞膜由来の2次元・3次元ナノ構造が関わっている。細胞内外の応答に関わるナノ構造は、免疫応答・神経伝達・細胞の伸長や発生・ウィルス感染・薬剤の取り込みといった広範な生命現象と密接に関係しているため、ナノ構造を人工的に操作できる材料や手法の開発は、これらを統一的に制御できる新たな細胞工学技術の創成に繋がる。

 細胞内への情報は、主にシグナル伝達か物質導入により伝えられる。前者には、膜面上に広がる2次元ナノ構造が関わる場合が多い。具体的な例としては、細胞膜上のナノ構造である脂質ラフトが挙げられる。脂質ラフトとは、脂質・糖脂質・コレステロール(Chol)からなる複合体であり、膜面上に2次元の広がりを持つ。脂質膜上で形成・消滅を繰り返しつつ、情報伝達に必要な複合体を膜タンパク質と形成する。この過程はCholの有無によって制御される。脂質ラフト以外にも、脂質それ自体の2次元複合体(脂質クラスタ)がイオンレセプターとなる事例も報告されている。一方、後者のうち脂質膜を通過しない物質は、膜貫入により生じる3次元ナノ構造であるエンドソームを経由し導入される。取り込まれた物質の多くはエンドソーム内に滞留・分解されるが、一部は細胞質に移行する。各次元のナノ構造を操作できれば、シグナル伝達が関わる応答制御や、薬物の細胞質への高効率輸送等が可能になる。

 2次元ナノ構造は膜組成の偏在により生じるため、その操作には1)ナノ構造特異的に構成要素を変える必要がある。また2)望みのタイミングで構成要素を変える手法も求められる。特に生体応用を目指すうえでは、生体内での標的となる外部環境選択的な手法が望ましい。また3) 3次元ナノ構造の操作には境界の物理的加工が求められる。しかし、細胞膜のナノ構造上で局所的かつ望みのタイミングで、構成要素操作や境界の加工を安全に行う簡便な手法は未開発であった。

 講演者は、1),2),3)の課題に共通する解決法として、生体のChol運搬体であり様々な物質を内包できる高比重リポタンパク質(HDL)、および光を当てたタイミングで熱を生じる金ナノロッド(AuNR)とHDLの複合材料(pm-AuNR)に着目してきた。pm-AuNRは棒状ナノ粒子であるAuNRの表面をHDL由来の被膜で覆った材料である。これまでに二次元ナノ構造の制御法として1)脂質ラフト選択性を持たせたpm-AuNRによるラフト構造の簡便な操作法と、2)膜組成操作性HDLによる脂質の直接供給法を提案し、3次元構造の制御法としては3)爆発性分子をpm-AuNRにしみこませたナノダイナマイトの光起爆によるエンドソーム膜の直接切開法による物質導入を提案している。

 本公演では過去の細胞内構造制御研究を対象の次元に合わせて整理し、合わせて講演者の開発してきた制御法を対象構造の次元ごとに紹介する。時間が許せば、近年着目されている、3次元の膜のない構造体である、タンパク質の相分離により生じる液滴構造体(ドロプレット)とその制御法の最前線に関しても紹介する。

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